令和の今こそ知りたい!平成の名車
14クラウン【短期連載④/8回】
平成から令和へ。例え時代が移ろっても、名車は名車であることに変わりない。そこで、不定期連載で、平成という時代を彩ったセダンを独自の視点で解説していく。
14クラウン【平成3年10月DEBUT】
ひと足先にデビューし、好調なセールスを続けるライバルの32セドリック・グロリアを追撃すべく、4ヶ月遅れで発売された14クラウン。
ガッチリとしたスクエアデザインの32系に対し、良く言えば流麗、悪く言えばゆるい曲線を採用。初の3ナンバー専用ボディにも関わらず、コロナ・エクシヴを太らせたようなリア周りも、風格という点では大きな疑問符が付いた。
当然、市場も「何故」の大合唱。ニューフェイスながら高評価のマジェスタとアリストとは対照的に、販売台数はジリジリ下降。モデルチェンジごとに文句も言わず代替えに付き合って来た法人需要も、さすがにこのカタチには困惑。
セド・グロ勢との差を広げるどころか、背後に迫る影はますます大きくなることに。
慌てたトヨタは発売から2年を待たずして大規模なマイナーチェンジを敢行。グリルは横線を格子状に改め、テール周りも直線基調となり、両ランプの間にはナンバープレートが収められた。この変更はリアクォーターピラーやフェンダー、トランクなど広範囲に及んだため、運輸省(現・国土交通省)の型式認定が難航したとまで言われている。
ドタバタ騒動の末、完成した14系後期だが、その姿は4ドアクーペ風にアレンジされた13系後期そのもの。普通に考えればモデルチェンジとは進化のために行なわれるべきものだが、苦労して作った新型を、手間とコストをかけて市場のウケが良かった旧型風に戻せ!と指令を受けた当時のデザイナー陣営の心中はさぞ、複雑だったろう。
実はクラウンは1971年に発売された4代目のMS60・70型で大胆な曲線デザイン(皮肉にも「スピンドルシェイプ」と名付けられていた)にトライしたことがあったが、こちらも見事に撃沈。時代が変わればユーザーの価値観も変わるだろう、というトヨタの戦略は完全に外れ、以後クラウンがボディデザインに曲線を多用することは御法度に。
もっとも、ここ最近のクラウンのフェンダーラインなどを見ると、その変化の兆しが感じられなくもないのだが。
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