32シーマ

令和の今こそ知りたい!平成の名車
32シーマ【短期連載③/8回】

最終更新日|2024110

平成から令和へ。例え時代が移ろっても、名車は名車であることに変わりない。そこで、不定期連載で、平成という時代を彩ったセダンを独自の視点で解説していく。

32シーマ【平成3年8月DEBUT】

91年。バブルが収束に向かいつつあることを肌で感じながら、マツダ(当時はユーノス)が1800ccの世界最小排気量V6エンジンを出せば、負けじと三菱が1600ccのV6エンジンを作り、ニッサンもパイクカー第3弾としてフィガロを発売するなど、まだ自動車業界に遊びを楽しむ余裕が残されていた時代(ビートやカプチーノ誕生もこの年)に、32シーマはデビューを飾った。

何より驚いたのが、マイチェン2年、フルチェン4年という、当時のライフサイクルのセオリーを破り、僅か3年8ヵ月で、「現象」と騒がれるほど好調だった初代をあっさりと引っ込めたこと。

もう一つは、例のターボパワーを捨て、エンジンをNA・V型8気筒一本としたこと。

ニッサンとしては、初代のセドリック・シーマ/グロリア・シーマという派生車種的なポジショニングから、「シーマ」というワンランク上の独立車種としたことで、エンジンもV6からV8に格上げさせた、ということなのかも知れない。

しかし、一歩引いて見ると、その上にはインフィニティQ45という新たなフラッグシップが腰を据えており、これを超えず、なおかつ格下の32セド/グロ用3リッターターボにも負けない性能を求めた結果、4・1リッター(4130cc)なる中間排気量に落ち着いたというのが本音ではないだろうか(もちろん、ライバルのマジェスタ/セルシオに対する100ccのアドバンテージという意図もあるはず)。

スタイルは上下に薄く滑らかだった31系から、角張ったボリューム感溢れるデザインに変更。小型のテールランプ、木目を多用したインテリアなど、テイストは英国路線に……。

つまり、総じて「おとなしく」なってしまった。これをグレードアップと見るか、キャラが薄まったと見るか。それは個々の主観に委ねるが、2年後のマイチェンで「ツーリング」の名でVG30ターボを復活させた経緯を見る限り、「シーマの魅力は、やっぱり荒々しい走りだ!」と考えるユーザーは相当数いたと思われる。

高い人気を保ったまま、4年を待たずして疾風の如く姿を消した初代シーマに対し、5年というライフサイクルを粛々と過ごした後、33系へのバトンタッチを行なった32系。生産終了後に、ドレスアップ業界で人気が再燃したというのも、この世界では有名な話で、皮肉にも新車当時の流通量の少なさが功を奏し、他と被ることを嫌うユーザーたちから大人気になった。


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