【歴史コラム】31シーマ〜1988年1月DEBUT〜
「500万円カー」の異名で一世風靡した31シーマ。発売開始のアナウンスは極めて控え目であったが、バブル突入前夜の勢いに乗り、クラウン以上、セドグロ以上の高級感を求めるリッチ層が日産ディーラーに大挙詰め掛けたのだった。
専用ワイドボディ。若い読者にはピンと来ない言葉かも知れないが、シーマがデビュー時に巻き起こした「シーマ現象」に痺れ上がった世代にとって、その言葉が意味するステータス性はハンパではなかった。
今はコンパクトカーやミニバンでも3ナンバーが当たり前のご時世だが、1988年当時、3ナンバー車(全幅1700㎜・全長4700㎜以上)に対しては18.5%の物品税という名の贅沢税が課せられていた。このため各社は主力販売用には全幅1695㎜の5ナンバーモデルを、そしてリッチ層向けには分厚いサイドモールや延長バンパーなどで数センチ肉盛りさせた「なんちゃってワイドボディ」の3ナンバーモデル(当然、室内空間は5ナンバーと同じ)を、という2つの車体を用意するのが一般的だった。
そこにシーマは全幅1770㎜の3ナンバーボディオンリーで登場。国内市場における本格的フルサイズ高級車時代の到来を強烈に印象付けた。
シーマが当時のオヤジ世代にウケた理由の一つは、その上品なスタイルにある。ゴージャスなメッキグリルを取り付けたり、ヘッドライト横のクリアランスランプをフェンダー側まで周り込ませたりと、車体を立派に、より大きく見せる演出は高級車にとって必要な要素。しかし、シーマは真横から眺めてもクリアランスランプが見えず、フェンダーのパネル面がしっかりノーズ先端部まで伸びている。フロントグリルのサイズも当時のライバル、13クラウンと比較すると控え目で、そこには「元がワイドだから、大きく見せる必要なんてないもんね〜」という余裕さえ感じられた。
この他、255馬力を発生するVG30DETエンジンの強力な動力性能も、シーマのキャラを引き立たせた。右足一つでスポーツカーをぶっちぎり(!)、街中ではリアを沈ませながら爆走する、中年暴走族風シーマの姿があちこちで見受けられた。
このように国産高級車シーンに強烈な刺激を与えただけでなく、S13シルビア、Z32フェアレディZ、R32スカイラインなど、後に続く90年代初頭の超元気な日産を象徴するクルマたちの登場へのプロローグを飾ることとなった初代シーマだが、その寿命は短く、僅か3年8ヵ月でY32型にバトンタッチすることに。
あれから現在に至るまで様々な高級車が登場してきたが、世の中に「現象」と呼べるほどのインパクトを与えたクルマにはまだ、お目にかかれてはいない。
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